陰陽道とホツマツタエ

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陰陽師直伝「幸せの引き寄せ術」。

「朝日のエネルギーを、自分の中に取り入れると、見えないところで新しい門が開き、望む方向へと導いてくれるのです」

陰陽師の末裔である占導師幸輝(こうき)さんは、主著「陰陽師の教え」(サンマーク出版)でこのように言われます。

 

朝日をながめながら、両手をヘソの高さに持ってきます。

両手を上に向けて、手のひらで陽を受けます。

このとき親指を中に折り曲げるのがポイント。

手のひらに日なたと日陰ができ、これが「太極」を表わし恵みをもたらす、とのこと。

 

 

 

 

 

 

※イラストは本書から引用させていただいてます。

 「幸せホルモンといわれるセロトニンの分泌を促す」

実際にやってみると、手のひらがすぐに脈打ち、陽気が動き出すのを感じます。

なおセロトニンは、脳で作られるのはほんの1%ほど。そのほとんどが太陽神経叢と呼ばれる腸で作られています。いかに腸が大切か、と。

中国の戦国時代から使われた「相剋の関係」。

ここからは、「陰陽師の教え」から離れます。

さて、陰陽道とは、日本版の陰陽五行です。

では、陰陽五行は本当に大陸で生まれ、日本に伝わったか!? 

その歴史を紐解くと、中国では五行の相生と相剋の関係がそれぞれ別個に説かれた、とされています。

相剋の関係は、紀元前4世紀くらいに中国の鄒衍(すうえん)という思想家(錬金術師)が説きました。

当時の中国では、

夏(か)⇒殷(いん)⇒周(しゅう)⇒秦(しん)⇒漢(かん)…という順で王朝は取って代わられましたが、前王朝を倒すために使われたのが「相剋の関係」。

以下のように旗色を掲げたのです。

夏の旗色は青(木行)…これを相剋の関係<金剋木>で倒したのが、殷(いん)。旗色は白。

殷(いん=金行)を相剋の関係<火剋金>で倒したのが、周。旗色は赤。

周(しゅう=火行)を相剋の関係<水剋火>で倒したのが、秦。旗色は黒。

秦(しん=水行)を相剋の関係<土剋水>で倒したのが漢(前漢)です。旗色は黄色

 

時を経て紀元前1世紀くらいに、劉向(りゅうこう又はりゅうきょう劉歆(りゅう きん)という学者の親子が相生の関係を説き、両者が結びついたとされます。

ホツマの五元素。

しかし、『ホツマツタエ』(秀真伝)という日本の古代文献にはすでに「五元素」が表されています。

 「カセ」

「ホ」

「ハニ」

「ウツホ」

「ミツ」

 「カセ」は、風とみられます。風は木行の仲間です。

「ホ」は、火。「火垂るの墓」というときの「ホ」です。

「ハニ」は、土。ハニワ(埴輪)は、土そのものです。

「ウツホ」は、虚ろ。内側に何もない、という意味。「白」という金行の色に繋がります。

 「ミツ」は、水そのものです。

 

『ホツマツタエ』(秀真伝)の成立は、一番古くみた場合に紀元前7世紀末と言われるため、五行の相剋関係を言いだした紀元前4世紀よりも古く、それが確かなら日本が起源という考えも成り立ちます。

なお、『ホツマツタエ』(秀真伝)は学会では偽書とされており、古代には文字は無かったとされている一方で、ホツマ研究者は数多くいることも事実です。

 【参考】「だるまんの陰陽五行 水の章(前編)」(三冬社、堀内信隆先生著)

 

 

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