拝啓、橋本敬三先生。

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気持ち良さでカラダがなおる。

春分の日、彼岸。

私は故橋本敬三先生(1897~1993・明治30~平成5年)に思いをはせます。

橋本敬三先生とは、操体法(そうたいほう)という運動法…一般には治療法や健康法として知られる体系を創始したユニークな医師です。

「気持ち良さでカラダはなおる」

それが操体法の動きの原理原則となります。

しかし、それは単なる運動法の考え方にとどまることなく、私の考え方や生き方の基本原則になりました。

実際に私は40歳のなかごろ、この操体法のプロとして、多くのクライアントの健康問題に向き合い、施術していました。

 

カラダをほぐすには、伸びにくい筋肉をストレッチするのが通常の体育の発想です。

リハビリテーションの分野では、動かない部位をなんとか動かそうとして、患者に痛みを強いながら運動訓練するものです(今はどうなのかわかりませんが)。

橋本敬三先生は、常識とは正反対の快適さからアプローチしたのですから、ひときわ風当たりが強かったでしょう。世間に浸透させるのは一筋縄ではなかったはずです。

楽ではなくとも、楽しい人生を!

先生は仙台で「温古堂」という診療所を開き、医師でありながら操体法で地域の人の診断・治療にあたりました。

それとともに鍼灸整復学校で教鞭をとり、さらに「現代農業」という雑誌に執筆することで、市井の人々にこのような<快適感覚の効用>を広く伝え、いつしかNHKに採りあげられるまでに。ドキュメンタリー番組「温古堂診療室」が報じられたことで多くの人に知られるようになりました。

19765年(昭和51年)のこと。

 

さて先生の人生を私なりにふりかえらせてもらうなら…

既成の常識にも権威にまどわされず、パイオニアとして生きた人生。

民間療法界も、アカデミアックな西洋医学界も、東洋医学界も、栄養界も、体育界も、なんの上下左右の分け隔てなく、ただ探求心のおもむくまま研究に邁進(まいしん)した人生。

市井の人のイノチのために賭した人生。

そして運動の仕方みならず、呼吸、食、想念の仕方までを探求し、一大体系を打ち立てた人生。ホリスティック医療なんて言葉がまだ世に無かった時代に、統合的な予防医学の体系を遺したこと。

そんなこんな、決して楽(らく)な人生ではなかっただろうけれど、楽(たの)しい人生であっただろうと拝察します。

こうして先人たちが人生をかけてくださったお蔭て、その礎の上に今の健康界がある…ということを若い方にも伝えたい。そして彼岸のときぐらい、感謝をしたいのです。

■橋本敬三先生の主著書ご紹介:

「万病を治せる妙療法」(農文協刊)「カラダの設計にミスはない」(たにぐち書店刊)…その他多数。

編集後記

橋本敬三先生が遺してくださったカラダの文法は、いまでも私のなかで生きています。

 

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