生涯書生。

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ひとに伝えることは、自分の学びのため。

…昨日は、そのことをあらためて感じた一日でした。

春のカラダになるためのセルフケアーとして、頭蓋仙骨療法を採りあげたのですが、これがなかなか書けませんでした。

カラダで教わり、覚えたことなので、ことばにならないのです。アタマで理解しているわけではありません。

なので分厚い教科書を見直したり、一般向けの単行本を紐解いたりして、1日かけて学び直した次第。

ひとに伝えることは、自分の学び…ということを感じた、というわけです。

そして書き終えて、アップした後は、パーソナルトレーニングへ。自分の息子ほどの年齢のトレーナーから、カラダの使い方について学びました。

若いけれど、優秀なトレーナーだと感じました。

それは、今の若い方たち、とても恵まれた学習環境にあるため、進化がとてつもなくはやいからです。

私たちの若いころは情報が限られていましたが、今はたとえばユーチューブで名人・達人の技でもすぐ見られるので、学びの進化が私たちよりも10倍以上はやいのです。

なので、今の若い方たちは間違えなく優秀なのです。

…というわけで、わたくしいまだに「あーだこーだ」と模索しており、いろいろな人に教えを乞い行脚し、それが楽しいのです。

きっと生涯書生で終わるのだと思います。

それでいい。

ひとさまに何かを伝えたり、教えたりするのも、自分の学びのため。

私は上下体癖ではないので、教えることや伝えること自体に本来、快感はないのです。

職人だと思っています。

ただ職人と言っては、ほんまものの職人さんに失礼なので言わないようにしています。

バカ話からマニアックな話まで、花を咲かせたい。

ひとに伝えるだけでなく、人前に立つことも、自分の学びのためです。

もう50歳を過ぎると、皆、学びをやめてしまいます。というよりも、好奇心を失ってしまうというか、何を学んでいいか所在無げと言うか、きいたふうな半端な管理職でやりすごしている。

「つきあいが悪い」

…と、私に言ったセラピストがいましたが、たしかにある意味であたっています。

わたしは、半端な管理職と呑みたいとは思わないし、逆に「生涯書生」というひととなら、いくらでも会いたいし、とことん話したいし、呑みたいのです。

 そしてバカ話から、マニアックな話まで、花を咲かせたいのです。

Hans / Pixabay

<編集後記>今回の話は、永久保存版にしたい~

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